【阪神】中村GM急死に南社長「大ショック」 就寝前胃腸痛み…

2015年9月24日 7時36分16 : 0
【阪神】中村GM急死に南社長「大ショック」 就寝前胃腸痛み…
AlecRpg
投稿者
@AlecRpg

 阪神の中村勝広ゼネラルマネジャーが、23日に都内のホテルで急性心不全のため死去した。66歳。巨人2連戦のチームに帯同していたが、正午すぎ、チーム宿舎の自室で亡くなっているのが発見された。阪神の正二塁手として活躍し、引退後は阪神、オリックスの監督やGMを務めた。葬儀・告別式は未定。

 優勝争いの佳境での突然の死だった。中村氏は南球団社長とともに、午前11時半にホテルを出発し、巨人戦の行われる東京ドームへ向かう予定だった。待ち合わせ時間に現れず、不審に思った南社長がホテルの従業員とともに部屋へ入ったところ、ベッドに横たわった状態で亡くなっており、死後硬直も始まっていた。

 通報で駆け付けた消防が死亡を確認。事件性はないという。前日には東京ドームのデーゲームでいつも通り、試合終了まで見届けた後、ホテル内で食事を済ませた。だが、球団関係者によれば、就寝前には胃腸の痛みを訴えていたという。

 中村氏は1971年のドラフト2位で早大から阪神に入団。好守好打の二塁手として70年代の猛虎を支えた。82年に現役引退後、翌83年から阪神の2軍監督に就任。90年に1軍監督となると、92年には新庄剛志、亀山努ら若手選手を抜てきし「亀新フィーバー」を巻き起こして2位に入った。95年のシーズン途中で休養、終了後に辞任した。

 2003年にオリックスのGMに。06年にはオリックス監督に就任したが、5位に終わり、1年で辞任した。12年9月に阪神のGMに就任し、編成のトップとしてチームの強化に携わってきた。

 和田監督、阪神ナインは悲報を知ることなく巨人戦に臨み、チーム宿舎へ戻った後、南社長から伝えられた。報道陣に対応した同社長は「個人的にも30年来の付き合いになる。大ショックです。言葉も出てこない」と動揺を隠せない様子。「厳しい状態なのは分かっているが、全力で、いいプレーをしていくのが供養になる」と唇をかみしめた。

 中村氏は7月下旬に渡米して約10日間、全米各地で新外国人候補をチェックした後、夏の甲子園でドラフト候補を視察。8月下旬からは韓国を訪れ、約1週間の新外国人調査を行っていた。常勝チームづくりに向けて、日本だけでなく世界を飛び回るハードスケジュールのさなかだった。リーグ優勝が厳しくなり、オフにチームの再建が急がれる中、あまりに早すぎる急な別れとなった。

 ◆中村 勝広1949年6月6日、千葉県生まれ。成東高―早大から71年のドラフト2位で阪神に入団し、82年に現役引退するまで二塁手で活躍。83年から87年まで2軍監督。90年に1軍監督に就任し、92年には最高成績となる2位になったが、95年途中に休養。03年からオリックスのGMに就任。06年は監督を務め、1年で退任。07年から09年までシニアアドバイザー、球団本部長を歴任。12年9月に阪神のゼネラルマネジャーに就任した。

参考、引用リンク
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150923-00000279-sph-base

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